退職代行から連絡が来たら、まず何をすべきか
「朝一番に、見知らぬ業者から『本日付で退職します。本人への連絡はお控えください』とメールが届いた」。札幌の中小企業でも、こうした場面は珍しくなくなりました。担当者は一人しかおらず、引継ぎも終わっていません。経営者としては、怒りと戸惑いが同時に押し寄せると思います。
そのとき多くの方が、「取り合わなくてよいのか」「引継ぎせずに辞められたら損害賠償を請求できるのか」「有給消化は拒否できるのか」と悩まれます。この3点が不安の中心です。
背景には最近の動きがあります。2026年2月に大手退職代行サービスの代表らが弁護士法違反の疑いで逮捕されました。また、東京商工リサーチの2026年4月の調査では、弁護士や労働組合以外の業者から連絡があっても、約3割(30.4%)の企業が取り合わないと回答しています。ただ、「無視すればよい」と単純には言えません。相手が労働組合なら、無視が法的な問題になることがあるからです。
今回のコラムでは、弁護士・労働組合・民間業者の見分け方と、連絡を受けてから72時間の初動チェックリスト、そして損害賠償と有給の考え方を、法律に詳しくない方にも分かるように解説します。
退職代行の「無視していい」は本当?まず知るべき退職の法的ルール
会社の承諾がなくても、2週間で退職は成立する
最初に押さえたいのは、退職は「会社の許可」ではなく「労働者の意思表示」で成立するという点です。民法627条1項により、無期雇用(期間の定めのない雇用)の従業員は、退職を申し出てから2週間が経過すれば、会社の承諾がなくても労働契約が終了します。会社が退職届を受理しない、引き止める、といった対応で退職を止めることは基本的にできません。
なお、就業規則でこれより長い予告期間を定めている場合もありますが、実務上その効力には争いがあり得ます。「就業規則に1か月前と書いてあるから拒否できる」と断定するのは危険です。契約社員など期間の定めがある場合は、別のルールが適用されます。
「退職代行だから無視」が危険な理由
退職代行を使われたこと自体は、退職の効力に影響しません。本人が辞める意思を持っている限り、退職そのものは止められないと考えるのが現実的です。一方で、連絡の相手によっては無視が問題になります。次の章で見るとおり、相手が労働組合の場合、交渉の拒否が不当労働行為(労働組合法で禁じられた使用者の行為)になるおそれがあるためです。「無視していい」のは、一定の条件を満たす場合に限られます。
- 退職の効力は、会社が受理するかどうかとは関係なく生じる
- 相手が弁護士なら、本人の代理人として正式に対応する必要がある
- 相手が労働組合なら、団体交渉の申入れとして扱う必要がある
- 相手が民間業者なら、本人の意思を伝える「使者」としてのみ扱う
弁護士・労働組合・民間業者の見分け方と非弁行為への対応
3類型で「できること」が違う
退職代行の運営者は、大きく3種類に分かれます。権限の違いは次のとおりです。
- 弁護士:本人の代理人として、退職日・有給・未払賃金などを交渉できます。
- 労働組合:団体交渉の対象となる事項について交渉できます。労働組合が行う交渉は、正当な労働組合法上の活動と認められ、非弁行為には当たらないとされます。交渉を拒否すれば不当労働行為になる可能性もあります。
- 民間業者:「本人が辞めたいと言っています」という意思の伝達しかできず、会社との交渉はできません。
非弁行為とは何か、どう見分けるか
非弁行為とは、弁護士資格のない人が報酬を得て法律事務を扱うことです。弁護士法72条は、弁護士または弁護士法人でない者が報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことを禁止しています。退職日・有給消化・未払賃金などの交渉を民間業者が行えば、違法となりうるとされています。東京弁護士会も2024年11月に、退職代行サービスと弁護士法違反の問題について見解を公表しています。
見分けるための確認ポイントは次のとおりです。
- 弁護士の場合:委任状の写しを求め、弁護士名と事務所の所在地を確認します。登録の有無は日本弁護士連合会の検索サイトで確認できるとされています。
- 労働組合の場合:組合の名称、代表者、所在地、連絡先を確認します。実態のない「偽装組合」の例も指摘されています。偽装労働組合は労働組合ではないため、団体交渉を行うことはできません。
- 民間業者の場合:「会社と交渉します」「有給を取らせてください」などの要求が文面にあれば、非弁行為の疑いがあります。
民間業者が交渉してきた場合、その交渉には応じず、本人に直接確認する旨を伝えるのが基本です。ただし、組合を名乗る相手を安易に「偽物」と決めつけると、不当労働行為と評価されるリスクもあります。判断に迷う段階で、顧問弁護士に相手の属性を確認してもらうと安心です。
連絡を受けてから72時間の初動チェックリスト
最初の72時間でやること
感情的になる前に、次の順番で淡々と進めましょう。
- ①業者の属性確認:弁護士資格、組合の実在を確認する。
- ②本人への直接確認と委任状の確認:退職の意思が本人のものか、委任状で確かめる。連絡禁止を求められても、退職届の提出方法などの事務連絡は書面やメールで丁寧に行う。
- ③業務引継ぎ:未完了業務、取引先、パスワードなどを書面にまとめてもらうよう依頼する。
- ④貸与品・私物の返却:制服、鍵、PC、社用携帯などは郵送での返却を依頼し、私物の送付も手配する。
- ⑤秘密保持・競業避止の確認:誓約書や就業規則の内容を確認し、書面で再確認を求める。
- ⑥最終給与・退職金の清算と離職票の発行:社会保険・雇用保険の手続きを滞らせない。
- ⑦有給消化の扱い:残日数を確認し、方針を決める。
やってはいけない対応
腹立たしくても、次の対応は避けてください。後から会社側が責任を問われる原因になります。
- 給与の不当な減額や支払遅延:賃金は、働いた分を全額支払うのが原則です。
- 損害賠償をちらつかせた威嚇:根拠の乏しい請求は、かえってトラブルを拡大させます。
- 懲戒処分の乱用:無断欠勤でも、手続きや程度を欠く懲戒は無効とされるおそれがあります。
返信文面は、事実と依頼事項だけを淡々と書くのがコツです。初回の返信を顧問弁護士に見てもらうだけでも、後の紛争リスクは大きく下がります。
引継ぎせず辞められたら損害賠償は請求できる?
認められる場面は限定的
結論から言えば、損害賠償が認められる場面は限定的です。退職代行を利用しただけでは、損害賠償を請求される理由にはなりません。また、一般に「引継ぎをしないこと」と「実際に損害が発生したこと」の両方、そしてその因果関係を会社が立証する必要があります。実務上は、請求が通るのはまれな傾向があるとされています。
請求が検討されうる例として、次のようなものが挙げられています。
- 長期間の無断欠勤が続いた場合
- 重要顧客を担当しながら、一切の引継ぎをせず、納期遅延などで取引を失った場合
- 会社に大きな損害を与えるトラブルを起こしていた場合
就業規則に引継ぎ義務が明記されていれば、引継ぎ義務違反による債務不履行や不法行為に基づく請求が可能と考えられるという見解もあります。それでも、請求が認められるかは個別事情次第です。
損害賠償を検討する前に
損害の金額、原因、立証資料(取引先とのやり取り、売上減少の資料など)を整理することが先決です。多くの場合は、請求より早期に引継ぎ資料と貸与品を回収するほうが、会社にとって実利があります。請求の可否は、顧問弁護士に損害の資料を見せて見立てを聞けば、短時間で判断できます。
退職代行を使われたとき、有給消化は拒否できる?
有給は原則として拒否できない
年次有給休暇は、労働者が請求した時季に与えるのが原則です。会社が使えるのは、時季変更権(取得日を別の日に変更してもらう権利)だけで、休暇そのものを拒否することはできません。労働基準法39条5項は、労働者が請求した時季に有給休暇を与えるのが原則と定めています。
退職前の場合、退職日以降には振り替える日自体が存在しないため、原則として時季変更権は行使できないと解されています。「忙しいから」という理由で拒否するのは、違法となるおそれがあります。
実務上の対応
- 有給の残日数と、退職日までの出勤予定を確認する
- 本人が有給消化を希望している場合は、認める前提で引継ぎ期間の短縮を協議する
- 民間業者が有給の交渉をしてきた場合は、本人の意思確認を直接行ったうえで対応する
- 未消化分の買取りは、法律上の義務ではないため、就業規則の定めに従って判断する
有給を拒否して争うより、引継ぎの協力をお願いしながら有給を認めるほうが、結果的に円満です。
再発を防ぐ予防策
最後に、日頃の備えです。就業規則に退職手続と引継ぎの規定を整備しておけば、いざという時の根拠になります。返信テンプレートを用意し、顧問弁護士への初動相談ルートを確保しておくことも有効です。札幌の中小企業では、人員が少ない分、1人の退職が業務に大きく影響します。だからこそ、事前の備えが大切です。
おわりに
退職代行から連絡が来ても、退職自体は止められません。大切なのは、相手が弁護士・労働組合・民間業者のどれかを見極め、最初の72時間で、本人確認、引継ぎ、貸与品の回収、給与の清算を落ち着いて進めることです。損害賠償は認められる場面が限定的で、有給の拒否も原則できません。威嚇や不当な減額は避け、整えた手続きで円満な着地を目指しましょう。
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