「お客様は神様」という言葉があります。しかし現実には、その言葉を盾に、理不尽な要求や暴言を繰り返す顧客が増えています。「商品に傷がついていた」と言いがかりをつけて法外な賠償を求める、電話口で怒鳴り続ける、「SNSに書くぞ」と脅す――。こうした悪質クレーマーへの対応に、多くの中小企業の経営者・管理職の方が頭を抱えているのではないでしょうか。とくに人手が少ない中小企業では、たった一人のクレーマーへの対応に何時間もかかり、他の業務が止まることも珍しくありません。
こうした状況は、北海道・札幌の中小企業においても例外ではありません。飲食店、小売業、サービス業、建設業など、業種を問わずクレーム対応は経営の大きな負担となっています。さらに近年は、SNSや口コミサイトを通じて不当な内容を拡散される、いわゆる「ネット炎上」を利用した悪質な要求も増加しており、対応の難しさは増すばかりです。
また、2025年6月4日には改正労働施策総合推進法が成立し、2026年10月1日からは企業がカスタマーハラスメント(カスハラ)対策として雇用管理上の措置を講じることが法的義務となります。クレーマー問題はもはや現場の担当者任せにできる時代ではなく、会社として組織的・法的に対処すべき経営課題になっています。
今回のコラムでは、悪質クレーマー・カスタマーハラスメントへの法的対応方法について、「正当なクレームとの見分け方」から「具体的な法的手続き」「企業としての社内体制整備」まで、中小企業経営者の方に向けてわかりやすく解説します。
「正当なクレーム」と「悪質クレーム(不当要求)」の見分け方
クレームを2つに分類して考える
クレーム対応の出発点は、「正当なクレーム」と「悪質クレーム(不当要求)」を正確に区別することです。この区別を誤ると、本来応じる必要のない要求に応じてしまったり、逆に正当な苦情を軽視して関係悪化を招いたりするリスクがあります。
「クレーム」とは、顧客の要求行為や問い合わせといった「何らかの主張・要求」に、「不満・不快な感情」が加わったものです。そして「クレーム」には、誠意をもって誠実に対応すべき「正当なクレーム」と、そのような対応をする必要が無い「悪質なクレーム」(不当要求)の2種類があります。
具体的には、以下のような視点で判断します。
- 要求の内容が妥当か:実際に損害が発生しているか、要求額は損害に見合っているか
- 行為の態様が常識的か:大声で怒鳴る、長時間居座る、電話を切らせないなどの行為がないか
- 要求を繰り返しているか:企業側が誠実に説明・対応しても要求が止まらないか
「要求の内容や態度が社会通念に照らして著しく不相当なクレーム=悪質なクレーム」と考えることもできます。
悪質クレーマーの典型的なパターン
悪質クレーマーは、一般消費者の立場でクレームを言う者だけではありません。取引先企業の人や企業の活動場所の近隣に住んでいる人なども、不当なクレームを付けたり、不条理な要求をしたり、特別待遇を要求する場合があります。中小企業が注意すべき典型的なパターンとしては、次のものが挙げられます。
- 根拠のない損害賠償や過大な金銭要求
- 「SNSに書くぞ」「マスコミに訴えるぞ」という脅し
- 「土下座しろ」などの過大な謝罪要求
- 長時間の電話・居座り・執拗な繰り返し
- 担当者への個人攻撃・誹謗中傷
これらの行為は、場合によっては刑事事件に発展する可能性があります。
悪質クレーマーの行為が「犯罪」になるケース|適用される刑法の規定
クレーマーに成立する可能性のある犯罪類型
悪質クレーマーによる行為は、その内容によっては刑法上の犯罪に該当します。「どうせクレームだから警察には行けない」と思っている経営者の方もいますが、それは誤解です。以下のとおり、刑事告訴が可能なケースは多くあります。
- 脅迫罪(刑法222条):「殺すぞ」「痛い目に遭わせてやる」など、生命・身体・財産等に害を加える旨を告知した場合。脅迫罪の法定刑は2年以下の懲役又は30万円以下の罰金です(刑法222条)。
- 強要罪(刑法223条):脅迫や暴行によって「土下座しろ」など、義務のない行為をさせた場合。強要罪の法定刑は3年以下の懲役です(刑法223条)。
- 恐喝罪(刑法249条):「誠意をみせろ」「カネを出せ」など、脅して金銭等を要求・取得した場合。恐喝罪の法定刑は、10年以下の懲役です(刑法249条)。
- 威力業務妨害罪:店舗で騒ぐ、何度も執拗に電話をかけてくる等で、業務を妨害する行為。
- 不退去罪:企業側からお引き取りするよう伝えているにもかかわらず、店舗などに居続ける行為。
「脅迫罪」は、人の生命や身体等に害を加える旨の告知をすることで成立する犯罪であり、「恐喝罪」は人を恐喝して財物を交付させること、「強要罪」は、脅迫や暴行によって、人に義務のないことを行わせる等することで成立します。
「権利の範囲を逸脱した要求」は犯罪になりうる
クレーマーの中には「自分には正当な権利がある」と主張するケースがあります。しかし、判例によれば、権利行使自体が、権利の範囲内であり、かつ、その方法が社会通念上一般に受容すべきものと認められる限度を超えない限りは、違法の問題は生じないが、その範囲限度を逸脱するときには恐喝罪が成立することがあるとされています。つまり、損害賠償を求めること自体は問題なくても、「脅して」金銭を要求すれば犯罪となる場合があります。
カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の法的義務化|2026年10月から何が変わる?
改正労働施策総合推進法の成立と施行スケジュール
近年、カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題化しています。これを受け、令和7年(2025年)6月には法改正が行われ、令和8年(2026年)10月1日から、企業等にはカスハラ防止のため、雇用管理上、必要な措置を講じることが義務付けられることになりました。
2025年6月4日に、カスハラ対策を雇用主に義務付ける法律が国会にて可決・成立しました。カスハラ対策法は、既存の労働施策総合推進法を改正して、カスハラ対策を事業主の「雇用管理上の措置義務」とすることを主な内容としています。
この法改正は、企業規模を問わず、中小企業も含めたすべての事業主が対象です。「うちは小さな会社だから関係ない」は通用しません。なお、北海道においても、2025年4月1日からカスハラ防止条例が施行されており、道内事業者には条例に沿った対応も求められます。
法改正により企業が講じなければならない措置
改正法のもとで事業主が求められる対応は、大きく以下の通りです。
- 方針の明確化・周知:カスハラを許容しない旨の基本方針を定め、従業員に周知する
- 相談体制の整備:従業員がカスハラ被害を相談できる窓口を設置する
- 発生後の迅速な対応:被害を受けた従業員へのケアと再発防止策の実施
- 対応マニュアルの作成:現場従業員が一人で抱え込まないよう手順を明文化する
カスタマーハラスメント対策の義務に違反した場合、直ちに罰金などの刑事罰が科されるわけではありません。ただし、労働施策総合推進法と同様に、行政による段階的な対応が行われ、最終的には企業名の公表に至る可能性があります。企業名が公表されれば、信用への打撃は計り知れません。
カスハラ対策を怠ると「安全配慮義務違反」のリスクも
「安全配慮義務」(労働契約法第5条)のもと、企業(使用者)は、従業員(労働者)がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負っています。この「安全」には、顧客からの暴言や威嚇といった精神的攻撃から従業員を保護することも当然含まれます。
たとえば、暴言や脅迫による精神的ストレスが原因で従業員がうつ病を発症した場合、企業はその責任を問われることがあります。さらに、従業員が離職に追い込まれたり、最悪の場合には労災認定を受ける事態に発展することも考えられます。カスハラ対策は「従業員のため」だけでなく、「会社を守るため」にも不可欠な経営課題です。顧問弁護士が関与していれば、こうした社内体制の整備を法的観点からサポートすることができます。
悪質クレーマーへの具体的な法的対応ステップ
ステップ1:証拠の記録と初動対応
悪質クレーマーに対応するうえで、まず最も重要なのは「記録を残すこと」です。後の法的手続きに備えて、以下を徹底してください。
- クレームの日時・内容・発言をメモに記録する
- 電話対応は録音する(電話の会話を相手方に黙って録音しても、通常、無断という理由だけで証拠として使えなくなるということはありません)
- メール・FAX・SNSのやりとりは保存する
- 対応した担当者・上司の氏名と対応内容を社内で共有する
初動対応では、感情的にならず、「会社としての決定です」と一貫した対応を心がけることが大切です。担当者としては、「会社としての決定です」と説明し、1つに絞った回答を繰り返すのです。
ステップ2:弁護士への対応窓口移管と内容証明郵便の送付
自社での対応に限界を感じたら、早期に弁護士に相談することが重要です。弁護士に対応窓口を移管して、弁護士からモンスタークレーマーに対して警告状を送付するなどの対応を取ることで、不当・悪質なクレームが収束に向かうことも多いです。
内容証明の送付で、ほとんどのクレーマーを撃退できます。仮に、相手から電話がかかってきたとしても、企業としての明確な結論が書かれた書面を送付した以上、その結論の変更を求めるには、裁判所での法的手続に訴えるか、相手方が譲歩するしかないのです。
ステップ3:法的手続き(仮処分・刑事告訴)の活用
それでも行為が止まらない場合、より強力な法的手段を取ります。
- 仮処分申立て:面談禁止、来店禁止、架電禁止、メール送信禁止など、法律の力を使いながら関係断絶を進めます。
- 民事調停・損害賠償請求訴訟:不当な要求に終止符を打つための法的手段として有効です。
- 刑事告訴:クレーマーの不当要求行為が、見過ごせないほどの悪質なものになっている場合には、偽計業務妨害罪や、脅迫罪での刑事告訴も検討すべきです。
これらの手続きは専門的な知識が必要です。顧問弁護士がいれば、状況に応じて最適な手段を選択し、迅速に対応することができます。
中小企業が今すぐ取り組むべき社内体制の整備
クレーム対応マニュアルとルールの整備
悪質クレーマーへの対応は、現場の担当者が一人で判断できる問題ではありません。社内で悪質なクレーマーに対しては毅然として断るという方針が明確になっていなければ、対応するスタッフが迷い、結局は「お客様至上主義」で対応してしまいます。クレーマーに譲歩を重ねることにもなりかねません。
社内で整備しておくべき事項は以下のとおりです。
- カスハラ対応方針の明文化:「一定の基準を超えた言動は対応を拒絶する」と社内規程・就業規則に明記する
- 対応フロー(マニュアル)の作成:「初期対応→上司報告→弁護士相談」という段階的なフローを定める
- 相談窓口の設置:担当者が一人で抱え込まないよう、社内に相談できる体制をつくる
- 従業員への研修・周知:正当なクレームと悪質クレームの判断基準を共有する
「悪質なクレーム」に該当するか否かについては、現場の担当者が単独で判断するのは困難です。現場の担当者がクレーム対応で困ることが無いように、クレーマーに関する情報を内部で共有し、悪質クレームの判断基準を作成しておくのが理想的です。この判断基準は、誰でも理解できるような客観的でシンプルなものが理想的です。
SNS・口コミサイトを利用した不当な拡散への対応
近年では、SNSや口コミサイトなどを利用して、企業に不当な損害賠償請求を突きつける悪質クレーマーの存在も問題となっています。企業として毅然とした対応をとらなければ、「応じればまた要求される」という悪循環に陥るおそれもあります。
SNS上に事実と異なる内容を書き込まれた場合は、名誉毀損や偽計業務妨害として法的対処が可能です。投稿の削除請求や発信者情報開示請求(いわゆる「犯人特定のための手続き」)を通じて、書き込んだ相手を特定し、損害賠償を請求することができます。こうした手続きは複雑なため、顧問弁護士への早期相談が欠かせません。
「一度でも応じたら終わり」を肝に銘じる
法的知識がないまま現場で個別に判断すると、本来支払う必要のない金銭を支払ってしまうおそれがあります。一度応じると、さらに要求が続く可能性も高くなります。不当な要求には絶対に応じないという会社の方針を明確にし、その姿勢を組織全体で共有することが重要です。
おわりに
今回は、悪質クレーマー・カスタマーハラスメントへの法的対応について解説しました。要点を整理すると次のとおりです。
- クレームは「正当なもの」と「不当なもの(悪質クレーム)」に分けて対応を変えることが基本
- 悪質クレーマーの行為は、脅迫罪・強要罪・恐喝罪・威力業務妨害罪などの犯罪に該当しうる
- 2025年6月成立の改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日からカスハラ対策が全企業の義務となる
- カスハラを放置すると、従業員への安全配慮義務違反(労働契約法第5条)として損害賠償を請求されるリスクがある
- 対応ステップは「記録→弁護士への窓口移管→内容証明→法的手続き」が基本の流れ
- 社内マニュアル・方針の整備と従業員への周知が、最大の予防策となる
悪質クレーマーへの対応は、経験と法的知識が問われる領域です。「相手がいなくなるまで我慢する」「とりあえず謝ってやり過ごす」という対応では、問題の解決はおろか、被害がエスカレートするリスクがあります。顧問弁護士がいれば、クレームの初期段階から方針策定・交渉・法的手続きまで一貫してサポートを受けることができ、経営者や従業員の負担を大幅に軽減することができます。
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