相談予約はコチラ

一般企業法務

第27回企業法務コラム 固定残業代の落とし穴と未払い残業代請求対応

「元従業員の代理人弁護士から、突然、残業代を請求する内容証明郵便が届いた」。「うちは固定残業代を払っているから大丈夫と思っていたのに、無効だと言われた」。札幌をはじめ北海道の中小企業の経営者から、こうしたご相談をいただくことがあります。人手不足のなかで求人票の見栄えを良くしようと工夫した結果、制度の設計や説明が不十分なまま運用されているケースも少なくありません。

固定残業代(みなし残業)は、それ自体が違法な制度ではありません。ただし、一定の要件を満たさないと無効と判断されます。その場合、会社は固定残業代を「ないもの」として基礎賃金を計算し直し、残業代を払うことになります。さらに、その計算には固定残業代として払っていた分まで含まれる可能性があります。

また、労働基準法の改正は、法定休日の特定や連続勤務の上限などが検討されています。報道によれば、2026年の通常国会への改正案提出は見送られたとされています。ただし、見送られたからといって備えが不要になるわけではありません。

今回のコラムでは、固定残業代の有効性チェックリスト10項目、請求を受けた際の初動の48時間、やってはいけないNG対応、平時から顧問弁護士に点検してもらうメリットを、法律の知識がない方にもわかるように解説します。

固定残業代が無効になるのはどんなとき?判例から見る2つの要件

固定残業代(みなし残業)とは何か

固定残業代とは、実際の残業時間にかかわらず、一定時間分の残業代として毎月定額を支払う仕組みです。「みなし残業」「定額残業代」とも呼ばれます。法律で細かく決められた制度ではなく、判例の積み重ねで有効になる条件が示されてきました。

労働基準法37条は、残業などに対して割増賃金(通常の賃金に上乗せして払う賃金)を支払うよう定めています。割増率は次のとおりです。

  • 時間外労働:25%以上
  • 月60時間を超える時間外労働:50%以上(中小企業も2023年4月から適用)
  • 法定休日の労働:35%以上
  • 深夜労働(22時〜翌5時):25%以上

有効になるための2つの要件

固定残業代が有効と認められるには、次の2つが必要とされています。

  • 明確区分性(判別可能性):基本給などの通常の賃金部分と、割増賃金の部分が、はっきり区別できること
  • 対価性:その手当が、実際に残業の対価として支払われていると言えること

主な判例は次のとおりです。

  • 高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日)
  • テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日)
  • 医療法人社団康心会事件(最高裁平成29年7月7日)
  • 日本ケミカル事件(最高裁平成30年7月19日)
  • 国際自動車事件(最高裁令和2年3月30日)

実務上は、固定残業時間を超えた分の差額を別途払っていることも重視される傾向があります。1つでも欠けると全額が無効とされるリスクがあります。

固定残業代の有効性チェックリスト10項目

「うちは大丈夫か」を10項目で確認

次の項目に1つでも「いいえ」があれば、見直しをおすすめします。

  • 1. 雇用契約書や賃金規程に、固定残業代の制度があることを明記している
  • 2. 固定残業代の金額を、基本給と分けて明記している
  • 3. 何時間分の残業に相当するかを明記している
  • 4. 「営業手当」「調整手当」などの名称でも、残業代の趣旨だと書面で説明している
  • 5. 入社時に、労働者へ口頭と書面で説明している
  • 6. 固定残業時間を超えた分を、別途支払っている
  • 7. 給与明細で、固定残業代の額と時間数がわかる
  • 8. 固定残業代を引いた基本給が、最低賃金を下回っていない
  • 9. 求人票にも、固定残業代の金額・時間数・超過分の追加支払いを記載している(職業安定法施行規則や、若者雇用促進法に基づく指針で明示が求められます)
  • 10. 勤怠を客観的に記録しており、実際の残業時間と固定残業時間を比較できる

管理職扱いにも注意

「管理職だから残業代は払わない」という運用も、トラブルの典型です。労働基準法41条2号の管理監督者に当たるかは、肩書きではなく、権限・勤務の自由度・待遇などの実態で判断されます。店長や課長という名称だけでは足りません。「管理職 残業代 払わない」が違法となるケースは珍しくありません。

顧問弁護士がいれば、契約書・賃金規程・求人票・給与明細の整合性を一括して点検できます。書面がばらばらなままだと、争われた際に不利になります。

残業代を請求されたら?初動の48時間と時効・遡及の考え方

請求を受けた際の初動の48時間

内容証明郵便が届いたら、焦って返信せず、次の順で動いてください。

  • 【〜6時間】書面を写真やコピーで保存します。請求の期間、金額、回答期限を確認します。
  • 【〜24時間】タイムカード、PCログ、シフト表、雇用契約書、賃金規程、給与明細、就業規則を確保します。データを削除したり上書きしたりしてはいけません。
  • 【〜48時間】社内で事実関係を整理し、顧問弁護士に相談します。回答期限の延長を求めるかどうか、回答の方針を決めます。

顧問弁護士がいれば、書面が届いたその日に資料の優先順位を指示でき、支払額の試算にも早く入れます。

何年分まで遡って払うのか

賃金請求権の消滅時効(一定期間が過ぎると請求できなくなる制度)は、2020年4月の改正労働基準法で5年とされましたが、当分の間は3年です(労基法115条、143条3項)。そのため、請求時点から過去3年分が対象になるのが基本です。

ただし、内容証明郵便には時効を一時的に止める効果があると解されており、放置すれば遡れる範囲が広がらないとは限りません。

退職者が多い会社では、同じ制度を使っていれば、同じ理由で複数の方から請求される可能性があります。1人への対応が前例になりうるため、初動の方針は慎重に決めるべきです。

残業代請求を放置・誤対応した場合のリスクとNG対応

金額が膨らむ仕組み

  • 付加金(労基法114条):裁判所が命じるもので、未払額と同額までです。最大で未払額が2倍になるおそれがあります。
  • 遅延損害金:在職中は年3%ですが、退職後は年14.6%です(賃確法6条)。
  • 労働時間の客観的把握義務(労働安全衛生法66条の8の3)に基づく記録がないと、会社側の反論材料が乏しくなります。

やってはいけないNG対応

  • 無視する:労働審判や訴訟に進み、不利な条件になりやすくなります。
  • タイムカードや記録を破棄・改ざんする:信用を失い、不利な判断につながります。
  • 本人に直接連絡して取り下げを迫る:威圧と受け取られ、紛争が拡大します。
  • 根拠のない人格攻撃や「懲戒するぞ」といった反応:報復と見られるおそれがあります。
  • 安易に高額を認める返信:のちの交渉で、その金額が基準になってしまいます。

労働審判は原則3回以内の期日で終わる手続で、会社側にも早期の準備が求められます。顧問弁護士がいれば、答弁書の作成や証拠の整理を短期間で進められます。

顧問弁護士に平時から点検してもらうと、請求額とリスクを抑えられる

顧問弁護士による平時のサポート

  • 雇用契約書、賃金規程、就業規則のリーガルチェック
  • 勤怠管理の運用確認(打刻漏れ、持ち帰り残業、みなし運用の点検)
  • 求人票の固定残業代表示の確認
  • 請求書面への回答や、労働審判への初動対応
  • 和解の方針や支払額の試算

固定残業代の書き方ひとつで、請求額が大きく変わることもあります。トラブルが起きてから整えるより、起きる前に整えるほうが、費用も負担も小さく済みます。

労基法改正の動向:見送りでも備えるべき点

労働基準法の改正については、法定休日の特定、副業・兼業の場合の割増賃金の算定ルールの見直し、連続勤務の上限などが検討されてきました。報道では、2026年の通常国会への改正案提出は見送られたとされています。最新の状況は、厚生労働省の公表資料で必ずご確認ください。

  • 就業規則で、法定休日がいつかを明確にしておく
  • 副業・兼業の申告ルールと労働時間の把握方法を決めておく
  • 長期の連続勤務が生じない勤務シフトにする

これらは現行法のもとでも、紛争予防として有益です。

おわりに

固定残業代は、明確区分性と対価性を満たし、書面・説明・給与明細・求人票が一致していてはじめて有効と認められやすくなります。請求を受けたときは、48時間以内に資料を確保して方針を決めることが重要です。時効は当分の間3年ですが、付加金や遅延損害金で負担が大きくなるおそれもあります。放置や誤った対応は避け、平時の点検と早期相談でリスクを小さくしましょう。

当事務所では、北海道・札幌の中小企業向けに、顧問弁護士サービスを提供しています。契約書のチェックや労務問題、取引先とのトラブル対応など、日常的な法律相談から紛争解決まで幅広くサポートいたします。初回相談は無料ですので、まずはお気軽にご相談ください。

簗田真也

弁護士法人やなだ総合法律事務所、代表弁護士。札幌弁護士会所属。スタートアップ・ベンチャー法務、不動産法務、M&A、事業再建・会社清算、国際取引法務を得意とする。弁護士・司法書士・行政書士のトリプルライセンスホルダーでもある。

関連記事

TOP