公益通報者保護制度とは
企業でコンプライアンスを担当する皆さまにとって、「公益通報者保護制度」は耳にする機会が増えているのではないでしょうか。しかし、その制度が生まれた背景や趣旨、基本構造を十分に理解している担当者は意外と少ないものです。本制度は単なるリスク抑制の制度ではなく、企業が自主的に健全性を保つための根幹となる制度です。制度の趣旨をしっかりと理解することで、適切な判断力と社内文化の形成に大きな差が生まれます。
公益通報者保護制度が生まれた社会的背景
この制度は、企業不祥事が相次いだ社会状況を背景に整備されました。食品偽装、品質データ改ざん、安全配慮義務違反など、外部からは把握しにくい不正行為が多発した時期がありましたが、その際、通報者が報復を受けるケースも多く、問題が隠蔽され、社会的被害が拡大する例もありました。こうした事態を防ぐため、2006年に公益通報者保護法という法律が制定され、「声を上げる人」を守る仕組みが社会的に必要と認識されたのです。
罰ではなく“早期発見と是正”が公益通報制度の趣旨
本制度の根本にあるのは、企業への罰則強化ではなく、不正の早期発見・是正を支える仕組み作りです。通報者が安心して声を上げられる環境を整えることで、企業が自ら自浄作用を働かせることが可能になります。また、制度を通じて信頼性の高い企業文化を築き、長期的な経営安定につなげる狙いもあります。
保護される「公益通報」と通報者の範囲
制度が保護するのは、法律違反や刑事・行政処分の対象となる行為の通報です。消費者保護、安全性、環境、労働、公正取引など多岐にわたります。通報者は従業員だけでなく、一定範囲の退職者や役員、フリーランスなども含まれます(2025年改正に基づく拡張範囲)。通報ルートは、内部通報、行政機関への通報、条件を満たした公表の三つがあり、いずれも制度上の保護対象です。
不利益取扱いの禁止と守秘義務
制度の中核は、通報者に対する不利益取扱い禁止です。解雇、懲戒、異動、嫌がらせなどがこれに含まれます。2025年改正により、通報を理由とした不利益行為には刑事罰が設けられ、企業は最大3,000万円以下の罰金、担当者も6か月以下の拘禁または30万円以下の罰金が科される可能性があります。また、通報対応業務にあたる「公益通報対応業務従事者」は守秘義務が課され、通報者特定に関わる情報漏洩は刑事罰の対象となります。加えて、通報から1年以内に解雇や懲戒があった場合、通報を理由としたものと「推定される」制度設計も改正法で導入されました。
2022年改正・体制整備義務と2025年改正の両輪
2022年の法改正では、常時使用する労働者300人超の企業に内部通報体制整備義務が課されました(300人以下は努力義務)。2025年改正では、この体制整備の実効性がさらに強化され、通報阻害行為の禁止、不利益取扱いへの罰則強化、立証責任の転換が導入されました。内部通報窓口の設置、従事者の指定・教育など、企業は今後これらの法的要件に沿った対応が求められます。
企業にとっての早期警報システム
公益通報者保護制度は、企業の信頼性向上とリスク管理を両立させる「早期警報システム」として機能します。通報に基づく調査と是正を行うことで、不祥事が大きな損害に発展する前に対処できます。制度を適切に運用すれば、取引先や社会からの信頼向上にもつながり、企業文化の健全化を促進します。
最近の改正(2025年改正)を見据えた注意点
2025年6月成立の改正法は、公布から1年6か月以内に施行予定です。通報者保護の強化、体制整備の義務化、不利益取扱いへの刑事罰導入、立証責任の転換などが含まれ、担当者にはより慎重な運用が求められます。制度基礎を理解した上で、改正内容を見据えた準備を進めることが重要です。
コラムのポイントまとめ
・制度は通報者を守り、企業の自浄作用を促す仕組みである。
・通報対象は法律違反全般で、通報者は従業員・退職者・役員・フリーランスを含む。
・不利益取扱い禁止と守秘義務が中核で、2025年改正で刑事罰も導入された。
・内部通報体制整備義務は2022年改正で導入、2025年改正でさらなる実効性が付与された。
・制度は企業の信頼性向上とリスク管理に直結する早期警報システムである。
・今後の改正に備え、制度運用を見直すことが担当者に求められる。
顧問弁護士の活用で安心な制度運用を実現
公益通報者保護制度は、趣旨や背景を理解して適切に運用することができれば企業にとって大きなメリットがあります。企業の自浄能力が強化され、健全な企業風土、信頼度アップにつながるからです。ただ、他方で、通報受付の判断、調査範囲の設定、通報者情報の管理、関係部署との調整など、専門的かつ慎重な対応も必要となるのも事実です。2025年改正では刑事罰の導入や立証責任の転換も盛り込まれ、難易度はさらに上がります。
当事務所の顧問弁護士サービスでは、コンプライアンス担当者と連携し、制度の趣旨を踏まえた運用判断、規程整備、内部通報体制の設計・改善を継続的にサポートします。改正法を踏まえたリスク管理や通報者保護の適正運用、社内教育まで包括的に伴走できるのが顧問弁護士の強みです。
制度を単なるルールとして運用するのではなく、企業の信頼性向上・リスク低減に活かすには、専門家のアドバイスが不可欠です。内部通報体制の設計や通報案件の判断で迷うことなく、安心して運用を進めたい企業にとって、顧問弁護士サービスは大きな支えとなります。